京都地方裁判所 昭和45年(行ウ)9号 判決 1974年4月19日
原告 松永賢治
被告 東山税務署長
訴訟代理人 二井矢敏朗 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求の原因事実中、(一)の事実(本件処分の存在)は、当事者間に争いがない。
二 原告の主張(二)の(1) ないし(3) について
原告は、本件処分は、その通知書の理由付記に不備があり、青色申告者に対して推計課税を行い、真実の所得額を明らかにしないで行なわれたもので、違法である旨主張するので、まずこの点について判断する。
本件処分が、「原告において、更正の請求の理由の基礎となる事実を証明する書類を添付せず、請求の理由を構成するに足りる根拠を明らかにしなかつた」ことを理由とし、その通知書に「原告の更正請求所得額について検討したが、記帳および原始記録が不備で、申立を全面的に信頼することができない」旨記載されていたことは、当事者間に争いがない。
ところで、申告納税の所得税にあつては、納付すべき税額は、原則として、納税者のする申告によつて確定し、その申告がない場合又はその申告に係る税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、例外的に税務署長の処分によつて確定する。このように、納税申告が具体的な租税法律関係を形成する行為として公法行為の性質をもつことに鑑み、法は、その申告内容に過誤があることを理由として更正の請求をなしうる場合を制限的に列挙し(国税通則法二三条一項各号)、またその手続上、請求者において、更正請求書に、納税申告に係る課税標準額又は税額等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至つた事情の詳細その他参考となるべき事項を記載すべきものとし(同法二三条二項)、請求の理由が課税標準たる所得が過大であること等当該理由の基礎となる事実が一定期間の取引に関するものであるときは、その取引の記載等に基づいて、その理由の基礎となる事実を証明する書類を添付すべきものとして(同法施行令六条)、請求者側でまずその過誤の存在を明らかにすることを要求している。
右規定は、申告内容の過誤から生じる納税者の不利益を救済するため、租税行政の法的安定の要請を、一定の要件のもとに制限する趣旨のものと考えられ、このことやその規定の文言等に照らすと、自ら計上記載した申告内容の更正を請求する納税者側において、その申告内容が真実に反するものであることの主張立証をすべきであると解するのが相当である(最判昭和三九年二月七日税務訴訟資料三八号六七頁参照)。
そうだとすると、税務署長は、更正請求の調査手続において右の点の主張立証がない限り、その納税者の提出した申告書に記載された所得金額等をそのまま正当なものとして、納付すべき税額をその申告どおり確定すればたり、請求者に対する通知書にもこの旨を記載すればたりるというべきである。すなわち、この場合には、税務署長は納税者の真実の所得金額等まで認定することを要しないのであり、この点において、税務署長がその調査したところに従い納税者の所得金額等を具体的に認定して行う更正又は決定の場合と異なるのであつて、所得税法一五五条二項が後者について規定する理由付記は、所得金額等の具体的な認定を伴わない前者には適用がないといわなければならない。
そうすると、本件処分の通知書には、原告所論のような理由付記の不備はなく、また被告署長において原告の真実の所得額を明らかにしなかつたことをもつて本件処分に違法があるとはいえない。原告は青色申告をしている者には推計課税は許されないと主張しているが、後記認定の事実を無視した主張である。従つて、原告の右各主張はいずれも理由がないといわなければならない。
三 原告の主張(二)の(4) について
原告は、本件処分は、不十分で且つ瑕疵のある調査に基づいき、その結果資料の評価と事実の認定を誤つた違法があると主張するので、次にこの点について判断する。
請求の原因事実中、原告が、三月一一日、所得税額を金二〇八万円、申告納税額を、金三四万二、一〇〇円と記載した当年分の所得税の確定申告書を、被告署長あて提出したこと、原告が、三月二五日、被告署長に対し、所得税額を金八万九、八〇〇円と記載した当年分所得税の更正の請求書に、損益計算書や、各科目の内訳を記載した書面を添付して、更正の請求をしたこと、その更正の請求の調査手続に大森係官が関与したこと、以上のことは、当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実や、<証拠省略>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する<証拠省略>および原告本人尋問の結果の各一部は、採用しないし、ほかに右認定に反する証拠はない。
(1) 原告は、三月一一日、東山税務署に赴き、当年分の所得税の確定申告をしようとしたが、当時、青色申告の承認を受けていたにもかかわらず、正規の帳簿を作成していなかつたため、確定申告書の作成ができず、申告書の用紙の営業収入欄に、金二九八万五、二〇〇円と記載しただけで、右申告書用紙を同税務署の大森肇係官に提示して、申告の相談をした。その際、原告は右収入額算定の根拠となつた資料を持参せず、その存在すら明らかにしなかつたので、同係官は、原告に、その営業上の一日当りの売上高、従業員数、電気の使用量、材料費や経費等の概算合計額等を問い質し、さらに原告の前年分の修正申告書や同業者の収入関係の資料等を参照した上で、原告の当年分の所得金額を金二〇八万円、納税額を金三四万二、一〇〇円と算出し、この所得金額や納税額等を、原告に代つて申告書用紙に記載した。原告はこのようにして作成された申告書を異議なく受け取り、自ら被告署長あて提出した。
(2) 原告は、このようにして申告手続を済ませたが、申告した納税額に納得できず、税理士訴外山田一二に依頼して、当年分の納税額を算出させた。その際、原告は、同税理士に、経費関係の資料として領収書等を交付し、収入関係については、日々の売上金額をメモした手帳を示した。同税理士は、右手帳に売上金額のほか私事にわたる覚書が混然と記入されていたため、これを一瞥しただけで受け取らず、原告に、右手帳によつて売上金額を月別に集計するように指示した。その後、同税理士は、原告から、月別の売上金額等を記載した原告作成の書面<証拠省略>を受け取り、この書面と先に原告から受け取つた領収書等にもとづいて、月別総括集計表兼決算準備表<証拠省略>を作成し、これによつて原告の当年分の収入金額を金三五一万七、四五〇円、必要経費を、金二四八万七、七五一円、所得金額を金一〇二万三、〇一三円、納税額を金八万九、八〇〇円を算出した。
(3) 原告は、三月二五日、更正の請求書に、右集計表にもとづいて同税理士が作成した損益計算書と各科目の内容を記載した書面を添付して、更正の請求をした。
(4) 原告は、その約三カ年後に右更正の請求に対する調査のため原告方をおとずれた大森係官に対し、経費関係の計算の資料として、前記領収書等を提示したが、売上関係の資料については、日々の売上金額を記帳した手帳が存在したが、粉失したとして提示せず、また前記の月別の売上金額等を記載した書面<証拠省略>や、総括集計表兼決算準備表<証拠省略>も提示しなかつた。そして、その後の審査請求に関する調査に際しても、係官に対し、右の手帳や書面等を提示しなかつた。
以上当事者間に争いのない事実や認定事実から次のことが結論づけられる。
(1) 原告は、当時、所得税法によつて青色申告者に義務づけられていた正規の帳簿を作成しておらず、わずかに日々の売上金額を手帳にメモしていたにすぎなかつたため、更正の請求書に、所得金額の計算の基礎となる売上金額に関する原始記録や帳簿等の書類を添付することができず、更正の請求およびその後の審査請求における調査手続を通じて、係官に対し、右手帳さえも提示しなかつた。しかも、右手帳は、売上金額のほか私事にわたる覚書が混然と記入されたものであるうえ、原告本人尋問の結果によると、そこに記載された売上金額は、日々の営業終了時に現金箱に残存していた現金の額にほかならないことが認められるから、その正確性は甚だ疑わしいといわなければならない。
また、原告が更正の請求書に添付した損益計算書や各科目の内訳書は、原告が山田税理士から右手帳の記載によつて売上金額を月別に集計記載するよう指示されて作成した書面<証拠省略>にもとづいて作成されたものであるところ、右<証拠省略>結果を総合すると、同書面に記載された金額は、右手帳に記載された売上金額の月別集計額をそのまま記載したものではなく、原告が端数を切り捨てるなどして適宜修正を加えた数額であることが認められる。
そうすると、原告が更正の請求において主張する所得金額を裏付ける資料は、いずれも極めて信頼性に乏しいというほかなく、これをもつて確定申告書に記載された所得金額が真実に反するものであることの立証が尽されたとは、到底いいえない。
(2) 原告の確定申告は、大森係官の指導のもとに任意に行われたものである。そして、右指導にあたつた大森係官が、右申告内容についての更正の請求の調査手続に関与したからといつて、このことから直ちに右調査手続に瑕疵があるということはできないから、この点に関する原告の主張も理由がない。
四 以上のとおり、本件処分には、原告の主張する違法事由はないので、原告の本件請求は失当として棄却を免れない。そこで、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 古崎慶長 谷村允裕 高橋文仲)